イタリア製本工房の日々

「イタリア、リミニの工房で一冊、一冊、それぞれの本の個性を探りながら製本中」でした。そして2012年からは新たな場所で活動予定。

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師匠ルイジ

さて、製本家修業。製本家養成学校に通っているわけでも街の製本屋で数人の職人さんの中で仕事を教えてもらっているわけでもない。あるイタリア人製本家に直接教えてもらっている。

名前をルイジLuigiと言う。ルイジのHP:www.luigicastiglioni.it

ルイジは友人からの紹介だ。しかし偶然とは言え、本当に幸運な巡り合わせだったと私は思っている。
なぜなら、イタリアに来る前から薄々とはわかっていたものの、来てみて現実となって知ったのは、イタリアには工芸製本家は、皆無に等しかったからである。
工芸製本家というのは、高度なテクニックで綴じた本を素材、デザインともにゴージャスに仕上げる人のことだ。簡単に言えば製本界のシャネルだ。
シャネルがその顧客に合わせてスーツを誂えたように、その本に合わせて、細部までこだわって一着、一冊を仕上げる。
こちらイタリアにも、もちろん製本家はたくさんいるが、街の製本家の多くは、シャネルの仕立てはしない。需要の有無、職人の技、もちろんその職人がどこを目指すかはそれぞれである。

イタリアを旅した人がヴェネツィアやフィレンツェで目にしたことがある革やマーブル紙で装丁された本やノートも大変美しい。これらは伝統的な装丁だ。
しかし、伝統が残る一方で、工芸製本の世界も進化している。
そして一見、同じように見える装丁本も職人の腕の良し悪しにより当然差が出てくる。洋服と一緒だ。
デザインは同じシャツだが、パターン、縫製の良し悪し、素材によって、見た目、着心地ともに変わって来る。

そして今の私の目標はルイジだ。

私は、他の人に話をする時、ルイジのことをマエストロと呼ぶ。師匠である。当然、その呼び名にふさわしいと思っているし、ルイジもそう呼ばれると嬉しいようだ。

華やかなイメージを抱かれるイタリアで、工房で師匠とふたり、地味だが充実した毎日だ。

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[ 2010/12/16 17:03 ] はじめまして piacere | TB(-) | CM(-)

ハリーポッターと製本

製本について上手く説明できない私だが、ある日、友人がなかなか的を得た回答をしてくれた。「ほら、ハリーポッターなんかに出てくる、ハリーが持っている革表紙の本のような?」と。

おお、わたしのつたない説明で、そこまでイメージしてくれるとは。やはり友である。

まさにハリーが持っている本は、工場で大量生産された本ではない。はずだ。
革の表紙で、様々な革の細工、装飾が施されているのであれば、文字が書かれた本文部分の一枚一枚を接合するのは機械生産でもできるのだが、革の表紙部分はどれも製本家の手によるものである。

15~16世紀のあのヨーロッパの三大発明“火薬、羅針盤、活版印刷”以降の時代をテーマにした王侯貴族ものやファンタジー映画には必ず、小道具として、製本家が手がけたであろう本が登場する。

ミヒャエルエンデの「はてしない物語」が下敷きになっているという映画ネバーエンディングストーリー(エンデはこの映画を認めていないとどこかで読んだ気がする)の冒頭にも確か小道具としての革装丁本がでてきたと記憶している。

マリーアントワネットのように王侯貴族が出てくる映画にも必ず主人と呼ばれる人は、書斎を持っており、その場所で胡散臭い相談がなされたり、隠し扉につながっていたり、ストーリーの鍵となることがよくある。

そんな映画を見つつ、私は役者の後ろにある書庫が、デスクの上に無造作に重ねられた本が非常に気になるのだ。

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[ 2010/12/15 17:30 ] はじめまして piacere | TB(0) | CM(0)

ルリュールと製本

さて、イタリアで私はいつも珍しがられるのだが、日本でも同様だ。いや、イタリア以上だ。そもそも日本にはヨーロッパにあるような製本屋、製本家の文化が無い。と思う。

もちろん、製本屋、製本家は存在するが、ヨーロッパのそれとは少し違うようだ。そして、誰もがすぐにイメージできるような、この仕事に適した言葉が今のところ見当たらない。情報が無い、馴染みが無いせいではあるが。

日本にも実際、活躍している日本人製本家(工芸製本家)はたくさんいる。フランス語のreliure ルリュール(製本の意味)という言葉を使い、ルリュール製本、ルリュール製本家と言ったりもしている。

わたしも友人、知人、といろんな人に説明したが、わたしの日本語の言語力不足もあるのだが、とにかく上手く伝えられないままいつも話が終わっていた。と思う。
全くイメージできないようなのだ。

当然である。例えば、「自分が持っている大事な、思い入れのある本を自分好みのデザインに仕上げることができるのよ」とか、「古くなって、表紙が取れたり背が取れたりするでしょ、これを再製本して本をよみがえらせることができるの」、「製本って本を作ることなの、でも本を作ると言っても小説を書こうってゆうんじゃないのよ。それは小説家の仕事だから」などなど。

しかしどれも大変わかりにくい説明らしい。
なぜなら、どうやら日本では本は買ってきて、読んで、捨てて、必要ならまた買うもの。という、本の使い捨て文化が定着しているのでは無いかと思われてならない。

本に限らずのようではあるが。

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[ 2010/12/14 18:00 ] はじめまして piacere | TB(0) | CM(3)

イタリア製本家修業中

私は、今、イタリアで製本家修行中だ。

もう何度イタリアで聞かれたかわからない。
「日本人?ここで何してるの?勉強?仕事?」
この質問は何度も何度も初めて会う人に聞かれた。たぶん海外で暮らすと誰もがされる質問のはずだ。
「日本人です。製本を習っています。」または「日本人です。製本家になる予定です。」私は答える。
そして相手は聞きながらいつもわからないという顔をする。なぜなら、この“製本家”というイタリア語単語。イタリア語の“R”の発音のできない私には、とにかくやっかいな単語だ。イタリア語の“R”は、昔の子供たちが一度は挑戦したことがあるであろう、その昔の電話の呼び出し音、プルルルルのルルルの要領で発音する。らしい。そして、私はこれができない。今も、できない。さて、製本家というイタリア語単語、書くとこうなる。

Rilegatore リレガトーレ 製本屋、製本家(男性)
Rilegatorice リレガトリーチェ 製本家(女性)単語の最初に“R”、合計2つの“R”。そしてまた困ったことに“L”もある。“R”と“L”の違いをきっちり発音、できない。最悪である。

そしてもうひとつ、私の想像だが、イタリア人にとって製本家修業に来る日本人、外国人は珍しいのだろう。今はイタリア人でさえ、製本屋になる人がいない。事実、イタリアには各町にと言っていいほど必ずある(あった)製本屋が年々姿を消していっている。理由はいろいろと考えられるが、職人の高齢化、コピー屋などプラスティック製のファイルなどでの簡易製本?店の登場、また文具店、スーパーに行けば個人で綴じることのできる商品も売られている。テープでペタッと補修も可能だ。
そしてそもそも“本”がそう高価なモノではない。技術により、本に使われる紙質を落とし、職人が一字一字活字をひろって文書を組んでいたものが、パソコンの登場で、キーボードで入力された文書を簡単に印刷し、と、単純に考えても、本が貴重だった時代に比べ、安く早く簡単に作られることがわかる。安いから本の読み捨てもありうる。さらにipadなどの登場により、読むだけであれば紙の本である必要は無いという方もいるだろう。

そんな中で、日本人がイタリアに来て製本家修業。
私がイタリアに来る前、何度も何度も本当に製本家になりたいのか自問自答し続けた。たくさんのアドバイスももらった。良い事も悪い事もすべて含めて。

しかし、それでも私を突き動かした“何か”によって、今、私はイタリアにいる。

このようなわけで、このブログには、製本家、工芸製本という素晴らしい世界のことを知ってもらいたい熱い想いと、イタリアでの製本家修業の日々を書いていきたいと思う。

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[ 2010/12/12 19:55 ] はじめまして piacere | TB(-) | CM(-)


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